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コンペイトウ

カテゴリ:秋( 1 )

【おじいちゃんの願い】

まえがき
長野県上田市に「無言館」があります。
志なかばで戦死された画学生達の思い、残された家族の思いが伝わり、悲しみと虚しさを感じたのです。
戦争体験のあるおじいちゃんから孫へ伝えておきたい気持ちを「おじいちゃんの願い」として書きました。
母は戦前、戦中、戦後を生き抜き、昨年九十歳で永眠いたしました。
戦争によって多くの人が、悲しみや苦しみを乗り終えていかなくてはならない現実を、少しでも感じていただければと思います。


ぼくは11月の土曜日、東京駅10時44分発の新幹線「あさま517号」に乗って上田へ向かった。
長野に住んでいるおじいちゃんに「和と一緒に行きたい所があるから学校が休みの時に遊びにおいで」と言われ、上田駅で待ち合わせをする事になった。
毎年、夏休みには家族で遊びに行っている。
おじいちゃんは、おばあちゃんが10年前に死んでから、ずっと一人で暮らしていた。

上田駅に着くとおじいちゃんが改札の所で笑いながら手を振っている。
ぼくはうれしくて大きな声で「おじいちゃん!」と言って手を振った。
「お!よく来たな!迷わなかったか?」
おじいちゃんはシワシワの笑顔で迎えてくれた。
「ぜんぜん大丈夫だったよ!」
ぼくはおじいちゃんに負けない位の笑顔で答えた。
「腹減ってないか?」
「新幹線の中でお母さんが作ってくれたおにぎり食べたよ」
「そうか!腹は大丈夫だな。お母さんのおにぎり美味かったか?」
「うん!」
「今から塩田町という所へ行くんだよ」
別所温泉行きに乗る。電車はたった2両で、ドアは一番前しか開いていない。
「ねえおじいちゃん。塩田町へ何しに行くの?
「絵を見に行こうと思ってね。和と一緒に行きたかったんだよ」
「ふ-ん」
何でぼくと一緒に行きたいのかなって思っているとおじいちゃんが言った。
「和は友達と仲良くしているか?」
「・・・うん」
「そうか}
おじいちゃんは腕を組んだまま目を閉じた。

ぼくは1週間前の事を思い出していた。
洋介と言い争いになって、洋介が僕の顔にパンチしたからぼくもパンチしたら洋介の唇が切れて血が出たんだ。夕方洋介の家から電話があってお母さんと謝りにいった。何でぼくが謝らなければならないのか!あいつが先に手を出したのに!ぼくは何も言わずに頭を下げた。お母さんは何回も申し訳ありませんって。悔しくなって洋介を睨みつけてやった。

ぼくは思い出しながら茶色くなった山々を眺めていた。
電車は、城下・三好町・赤坂上・上田原・寺下・と各駅に停まって過ぎて行った。
おじいちゃんはウトウトしている。
まもなく中塩田という駅に着いた。
「おじいちゃん中塩田だって!」
「うん・・ああ次だ」と眠そうに言った。
塩田町に着いて、ぼくはドアの前に立って開くのを待っていたら、おじいちゃんが手でドアを開けてくれた。
「自分で開けるんだ!」
「ロ-カルだからな。都会では考えられねいよな。のんびりしていて良いと思わないか」
「うん!」
年配の夫婦と、おばさん達の3人グル-プと、おじいちゃんとぼくは塩田町で降りた。
「シャトルバスに乗って6.7分だけど和は歩きたいか?」
「バスで行こうよ」
塩田町で降りた人は皆シャトルバスに乗った。
おばさん達が「もう紅葉が終わって枯れ始めているわね」と話している。
おじいちゃんは「もう冬支度だなぁ・・」
目を細めて茶色くなった遠くの山々を眺めていた。

バスを降りて、林の中をゆっくりと上って行った。
「おじいちゃん、ここに絵を飾ってある所があるの?」
「そうだよ。ここはね、絵の勉強をしていた学生たちの作品を展示している所なんだ。皆戦争で死んでしまったけどね」
「戦争で?随分昔の絵なんだね」
「家族の人達が大切にしまってあった絵を、〔無言館〕という所で展示しているんだよ」
「そうなんだ」
ぼくはどんな絵が展示してあるのかなって思いながら歩いて行くと、木々に囲まれた教会のような白い建物が見えてきた。
入口はそんなに大きくない。木のドアをそっと開けて中に入った。

館内は少し薄暗くて、何人かの人が見学していたけど、誰もいないみたいに静かだった。
一枚一枚絵を見て行った。
綺麗なままの絵、ひび割れている絵、絵の具がはがれているのもあった。
ぼくはおじいちゃんの顔を見た。
じっと絵を見ている顔はとても悲しそういだった。
ぼくは絵の説明を読んでみた。
綺麗な女の人は妹の絵。こっちの絵は、あったかい感じの優しい顔のお母さん。
奥さんの似顔絵、景色や自画像ある。
それに、女の人の裸の絵。ぼくは恥ずかしくて目をそらして説明を読んでみた。
あと5分、あと10分と描き続けていたと書いてある・・・この人の恋人の絵なんだ!
絵の他に、手紙やはがき、スケッチブックにペンなど学生達の遺品が展示してあった。
皆、戦死と書いてある。23歳、27歳、31歳、。若い人たちなのでぼくはびっくりした。
そうか・・何も言えなくなった人達の絵を展示しているから「無言館」って言うんだ。
皆、戦争のために死んじゃったんだって思うとなんだか胸が苦しくなってきた。
もう外へ出たくなっておじいちゃんに言おうとしたら、一枚の絵の所で動かないでいた。
その絵は、家の居間で家族の集合写真のような絵だ。
説明を読んでみるとこの絵を描いた26歳の青年は、とても貧しい家で、このような団らんは一度もなかったと書いてあった。
「おじいちゃん、ぼく外へ行くよ」
「もう見たのか?」
「うん」と小さな声で返事をした。
「じゃあ行くか」
外へ出ると建物の周りの木々が風に揺れていた。
サワサワサワ・・・なんだか学生達の楽しそうな会話のように聞こえた。
ぼくは思わず深呼吸をした。冷たい空気が気持良かった。
おじいちゃんもぼくも黙って坂を下りて、バス停からシャツルバスに乗って塩田町へ行き長野へ向かった。

長野に着くと日が暮れ始めていた。
おじいちゃんが長野駅の近くでそばをご馳走してくれた。
「和、無言館はどうだった?絵を見てなにか感じたか?」
「お母さんとか奥さんとか妹。家族の絵を描いた人が多いね」
「そうだね。皆愛する人を残して戦士したんだ。残された人も皆悲しい思いをしてね。戦争なんてやってはいけない!何にも良いことなんてないんだから!」
おじいちゃんは強い口調で言った。
「和はケンカをするか?」
「うん・・」
「ケンカをして仲良くなることもあるが、暴力はダメだ!絶対にな!」
おじいちゃんはこの間のこと知っているのかなぁ。
お母さんが話したのかなって思った。
「ぼく・・この間やられたからやり返した」
「気持ち良かったか?」
「良くないよ」
「良くないことはやらない事だ。友達と話し合うんだな。そうすれば相手にことも理解できるようになる」
ぼくは「ドキッ!」として下を向いた。
少ししてからおじいちゃんに聞いた。
「おじいちゃんは戦争へ行った事あるの?」
「うん・・あるよ」と言って黙ってそばを食べ始めた。
それっきり戦争の話はしなかった。
お父さんがいつだったか「おじいちゃんは戦争へ行った経験があるけど一度も話を聞いたことがないんだよ」と話してくれた。
おじいちゃんは、大切な人達が戦争で死んで、きっと悲しい思いをいっぱいしたんだろうなって思った。
おじいちゃんは黙々と食べている。ぼくもそばを食べた。
「おいしいね!おじいちゃん」
「長野で一番おいしいそば屋だからな!」
おじいちゃんは自慢げだった。

夜は一緒にお風呂に入って枕を並べて寝た。
朝、おじいちゃんの畑で大根と白菜を採ってきて、家へのお土産に送ることにした。
「和、野菜を新聞紙にひとつひとつ包んで箱にいれて、家に送る準備をするといいよ」
野菜を包みながらぼくはうれしくなっておじいちゃんに言った。
「おじいちゃんありがとう!」
「また来いよ!」
「うん!」

ぼくはおじいちゃんの所から帰ると洋介に謝った。洋介もぼくに謝った。
それから一番の親友になったんだ。
でも、ぼくが長野へ行った1ヶ月後、おじいちゃんは死んだ。86歳だった。
 

【おじいちゃんの願い】_f0222201_23551766.jpg

by konpeitou-kyoko | 2009-11-30 23:55 |



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